2012年3月26日月曜日

花粉症とトンネルビジョン


スギ花粉パフパフ舞い踊る今日この頃、みなさまにおかれましては、ますます花粉症のことと、おくやみもうしあげます。

よく晴れた昨日、目の前の杉林から、ぱっふ〜ん、ぱふぱふぱっふ〜ん。。。と次から次へと花粉が舞い踊っておりました。

石けんなし生活で、重度の花粉症がずいぶん軽くなったやまんばであったが、それでもまだこの季節になると目のかゆみ、喉のかゆみ、鼻水じゅるじゅるはやってくる。夜中に喉のかゆみで無意識に喉をかきむしり、何度も目が覚める。目のかゆさは薬局で買ってきた目の洗浄液を水で薄めて目を洗う。
これは治ったと言えない。

基本、人間の身体に薬はいらないんではないか?と考えるやまんばなので、洗浄液を水だけにする。水だけで目を洗ってみる。一瞬すっとするが、そのあとのかゆみが激しい。

こんどは、喉のかゆさをどうにかしなければいけない。だが、喉は水で洗ってもしょうがない。イソジンのうがい薬を使うのがいいが、それだって、一時のかゆさの和らぎであって、「なおった」わけではない。

夜中、喉のかゆみで起きた。口を開けて寝ていたために、喉がカラカラになっている。喉を潤すにはよだれがいると気がつく。
「あ、うめぼしだ」
冷蔵庫から梅干しを出してくる。見ただけでよだれが出る。それを食べてみる。よだれと梅干しが合体して(これ書いている時でもよだれが出る)、まあ、なんとかいいかんじ。だけど、どーも何かに頼ることが気に入らない。人間、そのまんまで生きていけるんではないか?という仮説により、梅干し食べずに、梅干しを思い出すことにする。するとその度によだれが喉の中に溢れ、喉のかゆみを消していった。
そのうち、梅干しをわざわざ思い出さなくても、喉がかゆくなると、自然と唾液が口の中に溢れるようになって、かゆみが消えるようになった。
なんだ、人の身体ってうまいことできてるじゃん。

では目のかゆみはどーするのか。水で洗ってもきついので、何にもしないことにした。

どうも人間は「起ったこと」に「反応する」性質を持っているらしい。それは動物的反応とも言えるかもしれないが、それより人間の世界の中で作られた「条件付け」による反応なのではないかとフんでいる。だって、その昔「花粉症」なる病いはなかったはずだ。いやいやソウデはない。戦後セーフが民衆を駆り立てた杉苗植え政策のせいでものすごい杉が増えたからだとも言うし、いろんな添加物を食べているせいでアレルギー体質になった身体とも言う。ひえが原因だとも言うし、肉食のせいだとも言う。

その原因や結果はどっちでもいーのだ。ようするに、やって来た症状に反応する、という性質が、「これではいけないのだ!」というリアクションを生む、ということなのだ。(ややこしい?)それがあれやこれやの薬を作ったというわけだ。その結果、いろんなアトピーも生み出した。何かをしなければいけないと思い込むことによって、身体の英知のバランスまで崩させているということなんではないか?

んで、そのリアクションをやめてみる。
目のかゆみがやってくる。ほう。やってきたかい、かゆみさん。どれ、どんなふうにかゆくなるんだい?
(わらわらとかゆみがやってくる)
おお、そうきたかい。それから?
(わらわらしたかゆみがもっとつよくなる。ここでそのかゆみにのってはいけない)
おおーっ、きたねえ。
すると、そのかゆみがぐわーっと熱をおびてくるのだ。目の中全体が熱い熱を帯びる。それがピーク点になって、そこからいきなり熱もかゆみも収まって、かゆみが消えてしまうという現象を目の当たりにしたのだ。

きっと目の粘膜は、何かしらに反応をしている。しかし身体の自然治癒エネルギーがそれを治していくのではないか。あの目の中におこる熱い熱は、何かとてつもない英知が含まれているように思う。ちょうど風邪を引いたとき、風邪のウイルスを殺すまでの熱の温度が身体に溢れるように。

人間の身体はひょっとしたら、あらゆる条件に、あらよっと乗り越えて、臨機応変に生きていくことが出来るスーパーマンなんじゃないか?そのスーパーマンをただのちっこい気の弱い生き物に変えてしまったのは、トンネルビジョンを一大事のようにメインテーマにしちまったからなんじゃないか?トンネルビジョンは、狩りをする瞬間と、恋愛する一瞬だけに使えばいいのだ。


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