2010年1月28日木曜日

戦慄の貴公子




けさ、庭掃除していたら、圏央道の作業員のお兄ちゃんを見かけた。いつもなら「おはようございます」とあいさつをするハズの私。お兄ちゃんの顔をみたとたん、コドバが出なかった。
び、美形なのだ。

ボンタンズボンをはき、いかにも職人さんといういでたちで、そ、その顔はないだろう。短く刈った髪を少し栗色に染め、涼しげな目元、きりっと引き締まった眉、すっとのびた鼻!その整った顔ですっと背を伸ばし、ズボンに手を突っ込み、こっちにやってくる。何となくポーズも決まっているではないか。自分が美形である事をしっかり自覚しているところがにくたらしいが、まるでメンズノンノ『職人さんファッション特集』の巻頭ページに出てきそうなのだ。ああ、こういう言い方をしてしまうと、職業差別だ、偏見だといわれてしまうだろうが、ゆるしてやってください。だって他の作業員の方々は昔ながらの職人さんっていうかんじのオヤジなんだもん。だから私は気兼ねなく(どーゆー気兼ねや)、「おはようございます」と言えるのだ。

でもこのにーちゃんはイケナイ。そんな顔で、でっかいユンボを運転するのかい?そのもの腰で、つるはしをあやるつのかい?ああっ、イケナイわ。惚れてまうがなー。

そういえば、うちのダンナが言っていた。
「最近の若い子は洗練されているよ。うちの現場の監督なんか、IT関係の人って言われても通るぜ」と。道路の補修作業を見ていても、なんだか楽しそうなのだそうだ。ガテン系というよりは、笑いが絶えない、図画工作の時間と言う雰囲気なのだと。その彼はありとあらゆる建設関係の資格を持っているらしい。とにかく器用で何でもこなす。仕上げも美しい。見ていてほれぼれするらしい。

ガテン系は3Kの仕事といわれているが、こうやって時代は変わり、次第に仕事への偏見もなくなってくるのかもしれない。たとえば昔は農業はいやがられる職業だったのに、今じゃ自ら農業をやりたいと言う若者も増えている。偏見は単なる観念だったのかもしれない。そのようにイメージを持たされていただけなのかもしれない。きっと今にすべての職業が尊敬される仕事と言われる日が来るだろう。

そのうち、メンズノンノでも、農業するモデルとか、ガテン系モデルとか、林業するモデルとかが出てくるに違いない。ノンノも「もんぺ特集」なんちゃって、新しいファッションもくり広がられるに違いない。
ああ、そーゆー日がやってくる日が待ちどうしーなー。



ちなみにうちのダンナは、若いときはちょっくら美形だった。で、鏡を見ては自分のことを「戦慄の貴公子」などとほざいておったが、中年になるうちにその面影は崩壊の一途をたどり、最近はただの「戦慄するオヤジ」になった。


絵:「サクサクわかる現代史」メディアファクトリー新書表紙

2010年1月25日月曜日

冬の畑

草ぼうぼう畑は今、しずかーに春を待っている。
先日みんなで残りの場所も畝を作り、ついにほぼ畑全域を畝作り終えた。これでしばらくほっておく事ができる。自然農の畝は耕す事もなく、そのまま使い回しなのだ。その上に草や野菜や虫や微生物の屍骸や、ときおり野生動物のうんちなどが折り重なり合って、植物たちにちょうどいい土壌が出来上がってくる。すべては自然まかせなのだ。

夕暮れ近く、畑をみわたす。高尾の西の山に日がしずもうとしている。夕日がまだ若い麦の葉を照らす。青い葉っぱに光が通りぬけ若草色が輝きだす。ドキッとした。なんて美しいのだ。畝は何本も引き延ばされ、その畝の頂上にいくつもの麦のみちができている。それらは整然と並び、そのまわりには大根や水菜やノラボウのいろんな形のみちが縁取る。私はその美しさにかこまれ、一人ことばを失う。

すべては冬の空の下で完全に寝静まっているかに見える。しかしその土の下は密かに次の出番を待ち望む生命たちがうごめいている。そのエネルギーを足の裏に、手の中に、皮膚の隙間に感じる。愛と言う言葉はあまり口にしたくない。しかし誰に向ける愛なのかわからないが、大いなる愛のような得体の知れないものを感じ、心が震えた。

感動はそれを表現してしまった瞬間から、その感動したものとのあいだに距離ができてしまう。だが言葉にできない震える心のあの瞬間は、確かに私と言うものが消えていた。私は野菜で、野菜は私なのだ。

2010年1月22日金曜日

ごっくん、する?





歯磨き粉を使わなくなってから、うちのダンナは歯磨きが好きになったようだ。最初は歯磨き粉を使わないと、歯がタバコのヤニで黄色くなるからと必死で磨いていたが、そのうち磨く事が好きになったらしく、お風呂に浸かっては磨き、コンピューターの前に座っては磨き、こたつに入っては磨きしている。

ふと疑問がよぎる。
歯を磨くといろいろ出てくる唾液や何かの液体は、彼はどうしているのだ?おこたに入っても出るではないか。
すると彼は
「え?ごっくんしてるよ」ととぼけた顔で言う。
‥‥!!!え”、え”〜〜〜〜〜〜っ!?
ご‥‥、ごっくん?

「だ、だって、歯にこびりついた汚いものやなんかも出てくるでしょ?それも飲み込むわけ?」
「え?だって、おんなじ口の中にあるものじゃないかー。汚くないよー」
と、逆に私がなんでそんな事聞くのか、と不服そう。
た、たしかにそうだ。元は食べ物のかすだ。毒ではない。でも、でも、でも、それが口の中で腐って発酵して、そんでもってそれがばい菌になって‥‥、でもそれは食べ物だから毒ではなくて。。。。ああ、私は、頭の中がぐちゃぐちゃになる。

そーいえば、こいつ、菌にはめっぽう強い。昔っからハラは壊さないたちだが、ごっくん療法をやり始めてもハラを壊した事は一度もない。うんこしても手も洗わない。私が口酸っぱく言って、やっと洗い始めたが、石けんは使わない。ここだけの話、パンツも滅多にかえない。でもインキンタムシになったこともない。

インド人を思い出す。
あの聖なるガンジス川は、ものすごく美しい。人口の8割はヒンズー教徒。位の高い人とか僧侶にはお墓があるが、一般人にはお墓はないと言う。人は死ぬと火葬され、骨はすべて聖なるガンジス川に流される。場所によっては水葬もあるようだ。動物の死骸も流される。下水も生活排水も流され、そこで人々はちゃっぷんとガンジスにひたり、心静かに沐浴をする。
先進国から言わせれば、ものすごい菌にあふれた状態である。そこで沐浴などしようものなら、あっという間に赤痢やチフスにかかって死んでしまうはずだ。でもインドの人口は爆発的に多い。12億もいる。
そんなに増えてしまうのはなぜなのだ?あの国土にしては多すぎる。逆に日本など菌を取り除いた国ほど人口が減っているのはなぜなんだ?
ひょっとしたら、実はあのガンジス川が、その命の爆発的なエネルギーを生み出しているのでは?だから聖なる川なのだ。

インドの政府はガンジスを一掃すると言う計画を立てているらしい。でもさー、もしガンジスを一掃してしまったら、ひょっとしたら人口は減ってくるんじゃないだろうか。
だが幸か不幸か、10何年前からのその計画はいまだに進んでいない。(億単位の骨が埋まっているんだぞー。無理じゃね?)


これは友だちから聞いた話なんだけど、ムツゴロウさんも手を全然洗わないらしい。彼の場合は動物触るわ、うんち触るわで半端じゃないと。で、みんなにブーイングを受けて、一度、しょっちゅう手を洗うスタッフと、手の上の菌を調べたらしい。すると手を洗うスタッフの手は菌だらけなのに、ムツゴロウさんの手は無菌状態だったって。
「ぼくは手を洗わないんですよ、洗うと自分の除菌力が落ちるから」
と言ったそうな。これはうちのダンナと同じか?ダンナはムツゴロウさんか?

さて、あなたはごっくんする?
(わしゃ、まだできねえ)



絵:古文って実はとってもエッチ!
  「セクシイ古文」/メディアファクトリーより、好評発売中!

2010年1月21日木曜日

訂正




きのう、高知のとーちゃんから「こらあ、ちゃんと勉強せんかあー」と、お怒りの電話をもらった。先日私が書いた龍馬のブログの件だ。
わたしゃ、とーちゃんから聞いた話をてきとーに聞いていたらしく、実家があった近くでの乙女姉さんの密葬のあと、と書いたのだが、じつは次女のお栄ねえさんじゃったのだ。乙女姉さんではなく、お栄姉さんでした!

みなさま、深くお詫びして訂正いたします。

このお姉さん、自害しているんですね。なんでも龍馬が脱藩をするとき、家宝の刀を渡した罪で。でも、いろいろ調べるとなんだかぐちゃぐちゃになります。
渡したのは坂本家の刀ではなく、嫁ぎ先の家の刀だったとか。しかも彼女は龍馬の脱藩よりずいぶん前に死んでいたとか。(こうなると、自害の意味が分からない。密葬された理由は?)
ついでにいうと、刀渡したのは誰かと言うと、明治ごろは、乙女姉さんという説だったのに、「竜馬がゆく」以降、渡したのはお栄姉さんとするのが通説になったとか。いやはや、いろいろ諸説あるようです。

なんでお栄さんは密葬されたのか。ホントにそれは彼女の密葬だったのか?
結局、史実は謎のままで終わるんでしょうか。なんだか歴史小説にふりまわされるようです。

絵:「幕末テロ」より

2010年1月19日火曜日

私は仲間由紀恵ではない




わたしゃ、集団が嫌いなのだ。グループとか仲間なんかも。

「仲間」なんて言われた日にゃ、鳥肌立って、ヤメテケロとおもう。べつに友だちでいいじゃないか。仲間なんていわれたら、なんか集団の一部みたいに自分が思えてくる。で、その集団は何かしら無意識に、共通の価値観みたいなものがはりめぐらされており、そこからはみ出ると(だって、みんな考え方一緒じゃないでしょ?)、なんとなーく疎外感を感じたりする。で、表向けは共通の価値観を共有する。でもそうすると、心のどこかで「あいつとは違う」などとむらむら考え始め、いつのまにか表と裏の付き合いが出来上がってしまうのだ。そのいちいちの切り替えがめんどーで、そのうち本音がばれんようにと小細工するのに疲れ、だんだんその集団で仲間ではいられなくなる。

だから集団はいやなんじゃ。この人と私。あの人と私。という、そのときそのときの一対一の付き合いがしたい。だって、一人一人その存在がおっきいじゃん。そんな大きい存在が団体さんになっていたら、いちいち真剣につきあえないもん。いちいち真剣につきあいたいから、一人一人とでいいのだ。

(こーゆー生徒は、一般的に『協調性のない性格』といわれる)


絵:ステファニープラムファンのみなさま、おまたせいたしました。シリーズ番外編「勝手に来やがれ」明日発売でーす。
  爆笑ミステリー表紙

2010年1月14日木曜日

夢の島




夢っちゅうのんは、わやくちゃだ。支離滅裂、前後左右バラバラ。時々得体の知れないものを見たりする。それが面白くって、前は不思議な夢を見ると、
「何だ?何か起こるのか?」
と深読みをして夢を解釈してみたりしたものだ。ひょっとしたら私はひとかどの人物ではないか?と思うほどの夢を見たこともある。が、最近になって思う。夢は単なる夢だ。解釈、ブンセキするのもあほらしいものかもしれない。正直言うと、母にしょっちゅう「こんな夢見た。これなに?!」と、なかばうれしそうに電話をかけてこられて、それなりに解釈を施すうちに、だんだんあほらしくなってきたのもある。ようは、彼女もひとかどの人物かもしれない、と思いたい、そして思われたいのである。

こう思う。なんかこう、深層心理の奥深ーいところに、どっちかっちゅーとかくしてしまっておきたいゴミみたいにたまっているヘドロのようなもんが、日常何気なく見たものと重なって、どこかに記憶として残る。
んで夜ねむりにつくと、私は釣り糸の先に、今日見た気になるものをえさとしてひっかけ、夢の海の中にぽちゃんと落とす。するとそれに似たような事件や、人物や、物語がそれに食らいついてきて、水面に引き出されてくる。それを見るのが「夢」と呼ばれるものなんじゃないか?ま、自分の中のネガティブなゴミだ。そのゴミが夢の中に引き出されてくる。

東京のゴミの島が「夢の島」と呼ばれるのも、ほんとはふか〜い意味があるのかもしれん(なんじゃそりゃ)。

夢判断とかいうと、なんだかかっこよく聞こえるけど、実はそんな大それたものではなく、ようするに、自分の中にたまっている不安や、不満や、恐怖などのネガティブなものが引き出されて現れてくるだけなんじゃないか?ほら、よく何かに追っかけられる夢とかみるでしょ?(ああ、わたしだけか)んで「ああ、まだこんな風に不安がってんだなあ、私」ぽりぽり、と頭をかく、というような、自己認識するための道具なんじゃないかなとおもうのであった。

だけど、自己認識は自分を改革してくれる。自分がどういう心持ちでいるのかを教えてくれる。いわば、鏡なのだ。夢の中ででくわす感情を朝思い出して観察してみるといいかもしれない。自分では自覚でききらない、今の心境が素直に夢に現れているのかもしれない。
 

絵:「けんぽ」表紙/バッファローの親子

2010年1月10日日曜日

あれが龍馬か?




いかんちや、いかん。あれはいかんぜよ。
龍馬伝じゃ、あの龍馬伝。
まいったねや。あんながをこれから1年も見るがあかえ?もう2回めにして飽きたちや。まっこと。
やっぱし、監督がいかんがやろうか。なんかひとっちゃあ骨太じゃないきに。ぽっちゃん便所の臭いがぜんぜんせんがよ。龍馬が洋式便所に座ってウオシュレット使いゆうかんじがムンムンじゃ。なんちゃあ説得力がないでえ〜。
どーいたが、NHKさんよ。このままいったら、こけるでえ。今頃高知県人は、悪口言いまくりゆうがやないやろうか。一揆起こされんように気いつけや〜。
そんな中でも、ゆいいつ引きつけるがあは、岩崎弥太郎よ。あの役者さんは、今ホントにきらめいちゅう。ぐぐっとくるぜよ。弥太郎が画面に出ると、こじゃんとおもしろうなる。キュウリを丸ごとくわえて振り向く姿に、あてはぐっときたぜよ。
あのくらい福山龍馬ちゃんにも働いてもらわんと。


絵:「モンスター列伝」岩崎弥太郎/雑誌「起業人」より

2010年1月6日水曜日

歩くの12段活用




私の心に「言葉」が大きく影響をしている事に気がついたのは、最近の事だが、これが人にも応用できる事に気がついた。

この話をどこからどこまでしたらいいのかわからない。長くなるかもしれない。S子ちゃん、ごめんね。

どうも人は同じ言葉を繰り返し繰り返し頭の中でとなえているようだ。そしてその言葉によってその人の体、考え、生活習慣、くせが、知らず知らず作られていくのかもしれない。しかしそれにひとたび気がついて、その言葉を意識的に排除していけば、どんどん解放される。そんな実験をやってしまった。



母は、指の骨や、背骨の腰椎や胸椎の10個や20個の再生は、お茶の子さいさい(背骨事件)なのに、こと歩く事だけはどうにもこうにもうまくいけない。粉々になった背骨を意識で再生できるのに、ふつーに人がやっている歩く事だけはうまくできないらしい(どんなんや)。

私が小さい頃、父と母と3人で歩いていても、いつのまにか父は先を歩き、母はずっとあとを歩いていた。私はその二人の間を行ったり来たりしながら歩く。そのうちどんどん二人の距離は離れていき、ついには母はみえなくなる。
「おかあさ~ん、はやく~」といって、よく父と先で待ったたものだ。

母は、足が悪いわけではない。骨密度は40代。肉体も74歳にしては大きい。筋肉も衰えていない。なのに、母は足がもつれるとか、お尻のほっぺが痛いだの、足の裏がころころしてうまく地面に足がつかない、などとふしぎなことを言ってよたよた歩くのだ。このごろますます歩けなくなった。民間療法を駆使してありとあらゆる事をやった。そのおかげで、ちょっとどこか具合が悪くなると何かしらを処方してすぐ治す。人の病気もそうやって治してきた。
しかーし!歩く事だけはどうにもこうにも民間療法でなおらないらしい。だから歩けなくなったと言っては医者にいき、いつもどこの病院にいっても言われる言葉は
「毎日15分でいいから歩きなさい」だ。
で、行ってきては、うれしそうに私に報告をする。
「あのねえ~、私、どっこも悪くないんだって。で、私は毎日15分間歩くだけでいいんだって!あしたからするきねえ~」
私はこの言葉を何百回も聞いた。で、歩いたためしがない。

このふしぎな(?)現象をどうにかして解決したいと思い、ひたすらその事について母と話す。そしてひょんなことから母の心が見えた。

母は四六時中「歩く」ことに集中していたのだ。
変な話じゃない?右足を出したら、次は左足。左足を出したら次は右‥ってねえ、あなた。そんな風に考えて歩く人っている??ところが彼女は大まじめにそれをやっていたのだ。
「ちゃんと歩かなきゃ、ちゃんと。はやく歩かなきゃ、はやく」
彼女は歩くたびにそういって自分に言い聞かせていた。それはまさに小さなときからのトラウマだろう。いつも「遅い!」と言われていたからだ。私も含めて。

だから朝起きるとまず最初に頭に浮かぶ事は、歩く事だ。トイレにいくためには歩かなくてはいけない。だから彼女は布団の中で足をさする。
「ちゃんと歩けますように」と。
よたよたと這いずり起きて、そこらへんの壁にしがみつきながら歩く。「右、左、右、左、1、2、1、2、」無事トイレを終了してもまた歩く事に集中する。
朝ご飯を食べてゴミ出しをする。さて、歩かなくてはいけない。そこでも考える。もっと大変なのは、出かけるときだ。彼女は、今まで一度も歩いていて転んだ事がないくせに、転ぶ事が死ぬほど嫌で、転ばないようにテッテー的にコースを練り上げる。今は何時だから、あのコースを通ってあの道を歩く。すると信号機にぶつかるから、そこで一休みできる。でも電車道を通る時は急がないといけないから、ああ、転んだらどうしよう‥。などなどあの手この手を考える。で、頭がいっぱいになって結局出かけるのをやめてしまう。これじゃ医者に言われても歩かないわけだ。練りに練り込んでいる間に、気が疲れてしまうからだ。

歩く、歩かない、歩きたい、歩くとき、歩け、歩かなければ、歩こう、歩ける、歩きたくない、歩けますように、歩くんだ!‥‥。
すごい!「歩く」の12段活用!
彼女の頭の中を24時間態勢でこの言葉が渦巻いていたのだ!私は自分の母でありながら、あきれてしまった。

これを、例えば、胃の悪い人に例えてみよう。
目の前にあるおいしそうな料理を見て、
「これを食べたら胃が消化してくれるかな?」「してくれなかったらどうしよう」「せっかく食べてもあとで吐いたらどうしよう」「苦しくなったらどうしよう」「この食べ物を食べたせいで、病気になったらどうしよう」と、考えて、果たして胃はちゃんと消化してくれるだろうか。どっちかというと、その思いだけで気持ちがいっぱいになり、食べるのをやめてしまうだろう。

誤解を招くといけないので前もって言っておくと、これは健康な人の場合と考えてほしいのだが、私たちが日常歩くという行為にいちいち気をとめたりするだろうか。元気なときに胃の事を考えて食べるだろうか。考えはしない。考えないのに、胃は勝手に消化してくれるし、足は勝手に歩いてくれる。むしろ右、左と考えれば考えるほどぎくしゃくしてしまい、あしがもつれる。食べるときも胃の事ばっかりに集中して食べるとなんだかもたれてくる。つまりその事を考えるということは、それがちゃんと機能してくれているのだろうかという疑いをもっているのだ。

母も同じだ。言葉では歩ける!私は歩けるんだ!と言っていても、その心持ちの背後に「歩けないからそういい聞かせている」という心理が張り付いている。だから心の中で言えば言うほどもっとぎくしゃくする。

という事は、私の自己嫌悪発病と同じじゃないか?と思い始めた。自己嫌悪する心をやめてみたら、自己嫌悪が消えていったように、母の頭の中から「歩く」という言葉を消したらどうなるのか。

「おかあさん、今から「歩く」という言葉をあたまから意識的に外してみて」
私は自分の自己嫌悪、ちゃんとしなきゃ病を克服していったいきさつを話した。母は自分がどれだけ歩く事に執着していたのか、気がついたようだった。



さて、お正月もすぎて気になっていた事を母に聞いてみた。
「ねえ、あれからどうなった?」
「え?なにが?」
「歩く事よ。ちったあ歩けるようになった?」
母いわく、
「歩く?歩きゆうよ。なにか?」

はー、のど元すぎたら熱さ忘れるっちゅうのんはこの事か。

母はあれから歩くという言葉を消していったようだ。そうすると体が軽くなって普通に歩き出した。すると自分がさっさと歩いている事さえも気がつかない。
だもんで私が聞いても、何の話だったかさえも忘れていたのだ。

ニンゲンちゅうもんは、あんがいものすごーい単純な構造になっているのかもしれん。忘れる事が体の機能をうまく動かせるのかもしれない。いらん事考えるから、うまくいくものもいかなくなるのかもしれない。

そんな実験をさせてもろうたわけです。

ちゃんちゃん。


絵:コージーミステリー表紙

2010年1月3日日曜日

『龍馬伝』




みなさま、あけましておめでとうございます。

本年もへそ曲がりな私をよろしくおねがいいたします〜。


さて、NHKの大河ドラマ『龍馬伝』が今日から始まる。
高知県人の私としては、これを見ないわけにはいかない。龍馬誕生の地は、住んでいたところの近くだったし、家の裏には、乙女ねえさんが、龍馬を脱藩させた罪で勘当され、密葬された場所もあった。小さいとき、いつもばあちゃんに連れて行かれたところは桂浜。絵に描いたような典型龍馬パターンだ。

しかし本音を言うと、龍馬がすごい人だったのか私には確信がない。あれだけ今騒がれている龍馬だが、昔は龍馬より中岡慎太郎のほうが土佐人には人気があったらしい(中岡慎太郎のほうが男前だし)。そしてほんとは「りょうま」という呼び方はしていなくて、「りうま」又は「りゅうま」だった。私もそのように記憶している。だから坂本龍馬記念館の近くに住むじっちゃんは、館長に
「おら、おまんく(あなたのところ)が「りょうま」と呼ぶからには、絶対おまんくへはいかんぜよ」という偏屈じじいもいる。
そもそも司馬遼太郎がじぶんの「りょう」の呼び方にあわせてそのように呼んだというのが始まりなようで、その司馬遼太郎さんにあやかって、飛行場まで「りょうま飛行場」などとつけるほどの高知県人の軽さはなんなんじゃい。

仕事で似顔絵を描いていると、顔をじとーっとながめるうちに、何となくその人物の内面を感じてしまうのだが、どう見てもあの顔は「偉人」の顔にみえない。袴の下にブーツを履き、手にはピストル。西洋かぶれもいいとこだ。軽い軽い。(あ、そこんところ、高知県人やな)女房のお龍の顔なんかもっとすごい。一筋縄ではいかない顔をしている。龍馬はその人を選んだのだ。
だいたいだなあ。そもそもなんでそこらにころがっているただの浪人が、お偉い人と会談できるのだ?昨日のNHKのプロフェッショナルでは、龍馬のその愛すべき人柄がそうさせた、時代を動かしたといっている。ちっとも説得力がない。なにか裏があるにちがいない。ほんとは坂本家はすごい地位だったとか、グラバーとの関係だとか。。。

とにかく、私としては自分でその事の真相を探りたいのだ。じれったいぐらいすごく気になる龍馬なのだ。私も幼い頃から海を見て、仁王立ちになり「あっちがオーストラリアだ!」と海の向こうにおもいをはせた種類の人間だ。どんなおもいだったのか、どんな状況下に置かれていたのか、どんな人物だったのか。

NHKさんが、そこんところを掘り下げてくれるとは思えないが、福山さん演じる(なんかたよんないけど)龍馬をみながら、飲酒ピレーションをもらうことにするぜよ。



絵:坂本龍馬「龍にまもられて」