2008年11月6日木曜日

越えられない問題はやって来ない




「越えられない問題はやって来ない」
ニューヨークに今も住む友達はこう言った。経験豊富な彼女ならではの言葉。説得力があった。

この言葉は、私を含めてNYに住んでいた友達が、呪文のように心でとなえていた言葉だった。

とにかく、ニューヨークは問題の多い街だった。とつぜん電光石火のように事件が起こる。
ある日こんな手紙を受け取る。
「高速道路の料金所で、あなたは、時速180キロでぶっ飛ばして逃げました。ついては罰金1000ドルと、◯月◯日に出頭してください」

は?なんで運転免許取りたてほやほやの私が、料金所で、しかもいつも混み合っているニュージャージーの料金所で、180キロでぶっ飛ばして料金を踏み倒すことが出来る?よーくかんがえてごらんなさい、あなた。それって、まわりの車を全部飛び越えるような神業でも使わないかぎりムリ。

ちょっと考えれば、無茶なことぐらいわかるはずのことが、この国ではわからないらしい。
でもあの融通の利かない、一方方向しか知らない国に、母国語でもない英語で、言いたい事を伝えることの大変さはとても口では言い表せない。まるでおんぼろの船の上に、荒波にゆられながら生活しているような感じ。

大家にお金をチョロまかされる。電話料金が尋常じゃないものが送られてくる。クレジットカードの請求書には買ったこともないものがいっぱい入ってくる。突然、夜中にピストルを持った男が家の中に人が押し入ってくる.....。
数え上げればきりがない。

そんなシッチャカメッチャカなニューヨーク生活は、あの言葉なしでは生きていけない。

「越えられない問題はやって来ない」

そう。ありとあらゆる唐突に降りかかってくる問題は、その人が越えられるよ、と思われるから、やってくるのだという思想。そう思わないとやってられない、というか、それなしでは精神がヤラレル!

だからあの手紙がやって来た時、
「こっ.....、こえられない、もんだいは、やって...こない....!」

私は免許取り立てのこと、いつもあの料金所が混み合っていること、どう考えても、180キロという時速は出せないことをつらつらと書いて、送り返した。

後日、「検査の結果、あれはまちがいでした。あなたの罰金と失点は取り消されました」という手紙を受け取る。やはり、越えられない問題はやって来なかった。(ちなみに、アイムソーリーとは絶対いわない)
あとで、その料金所は、最近新しいカメラを取り付けて、それがウマく作動せず、私みたいな手紙を、そこらへんのみんなが受け取っていたことを知る。

そんなの、そっちでおかしいって、気がつけよ!って?
気がつかないんだな、これが。


この言葉は、今も日本に住む私の中で生きている。
日本はアメリカみたいに、ドッカーンと外から問題はあまり降りかかっては来ない。でも、じんわ〜りとやってくる。(お国柄なのか?)

そんな時、いつもこの言葉で励まされる。

「越えられない問題はやって来ない。これは、今私の人生にとって、必要な問題なのだ。必ず越えられるはずだ」と。

絵:『GRACE』カットイラスト

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