2008年9月12日金曜日

雪女



たそがれ時は、おそろしい。
それは、夜と昼のあいだの真空状態ともいえるような時間だ。一切の影がなくなって、自分の足元がおぼつかない。
すべてがぼんやりとしてまるで夢の中にいるようだ。
私はそんな一瞬のひとときが、とても好きだ。
こんな時間はあちらの世界がふいに顔をのぞかせる。神かくしにあうのは、たいていこの時間帯だ。
幼い頃、私はそんな時間を好んでふらふらと出かけていた。家のまわりの墓場とか、ばばあちゃんの家の近くのお地蔵さま。だけど、誰もどこへも連れて行ってはくれなかった。(期待してどーする)

「おまえ、もののけと、ニンゲンの違いって、どうやって分かるか知ってるか?」と、父が真顔で聞く。
「え?おとーさん、知ってるの!?」
彼は、声をひそめてこう言う。
「後ろから、『もしもし?』って声をかけて来たら、そりゃ、ニンゲンだ。でも『もし....?』って、声かけられたら.....」
「きゃーっ!」と私。
「ええか。だから電話で最初の言葉は『もしもし』なんだ。電話なんて、どこの誰からかかってくるかわからないだろ?ひょっとしたら、あっちの世界からかけているのかもしれない。だからそれは『私はニンゲンですよ』っていうニンゲン同士の無言の合図なのだ。
おまえ『もし...?』って、たそがれ時にでも誰かに声かけられたら、逃げろよ」と、父はしらっと言った。

そのせいかどうかはわからない。
父は今でも私に電話をかけてくる時、
「もしーっ?」という。
ひょっとしたら、父は自分がもののけであることを、あのときなにげに私に告白したのかもしれない。

絵:ECC英語教材に使用『雪女』

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