2017年6月21日水曜日

土佐和紙で作品

家の庭に咲いたホタルブクロとドクダミ。


先日、高知に帰った時、土佐和紙を大量に購入してきた。
地元出身の人間としては、これほど豊かな和紙の種類があることがうれしい。

ずっと洋紙だけを使って来て、和紙だけはなぜかアンタッチャブルにして来た。でももうそろそろ触ってもいいだろうと思い、材料に和紙をくわえはじめたのが3年前。今は、和紙だけで制作したい!という思いが強い。
なんという変わりようだ(笑)。

色合い、手触り、その存在感。
ただ紙を置くだけで作品になりそうなかれらを、切ったり、ちぎったりして組み合わせる。
その偶然の出会いが作り上げる優美な世界。
自分の知らなかった自分の内面を見るように、紙の新たな世界を垣間みる。


玄関の脇に大量に咲くドクダミとススキ。

それ、なくてもいいんじゃね?

これ、なくてもいいんじゃないか?
あれ、なくてもいいんじゃないか?
そーやって、石けんもやめ、シャンプーリンスもやめ、歯磨き粉もやめ(ほんのチビット使ってるけど)、
農薬もやめ、肥料もやめていった。
ついでに心の中の
これ、なくてもいいんじゃないか?
あれ、なくてもいいんじゃないか?
もやっている。
そのチャレンジの途中、私たちはいろんな「やらなければいけない」ものや、事柄でがんじがらめになっているのを見る。
そのがんじがらめは、意識的に自分ではずすことができる。
必要に迫られているものは、
だんだん減って行き、
だんだん軽くなる。
必要に迫られている、と思っているだけだ。

え?麦汁?
アレは必要に迫られてるさー(笑)。
🤣

2017年6月19日月曜日

怒りという言葉に囚われる

夜、怒りが込み上げた。
ソファに座って、自分の怒りを見る。
怒りと同時に、哀しみもおそってくる。
言葉にとらわれずに、ただ身体の感覚だけにフォーカスする。
すると、胸のあたりに、ぎゅーっと、何かを絞るような感覚がある。
私はそれを見た。
すると、そこには、怒りも哀しみもなかった。
ただ、胸のあたりに、タオルを絞るようなぎゅーっと内側に回転するエネルギーだけがあった。
それを感じているとき、怒りも哀しみもなかった。ただ、エネルギーだけがあった。
感情と言葉は連結している。
言葉があるから感情が呼び起こされる。感情が呼び起こされるから、言葉がもっと大きくなる。
感情はさらにリアルになって行く。
しかしいったん、カラダにかんじる感覚だけにフォーカスすると、そこに怒りも哀しみもないことを知る。
感情など、そこにはない。
ネガティブも、ポジティブも、ない。
ただ、うねりがあるだけだった。

2017年6月17日土曜日

絶対神「母」


母に最近の私の作品を見せる。

「これはもっと重くしないと」
「ここがまだ足らん。もっと色を足して、存在感を出さんと」
「うん。これはえい」
手厳しい母の言葉を聞きながら、

『あー。これかー。私がずっと心でしゃべっていたものは。。。』
と気づく。

延々と続く辛らつな母の感想に、私は何だか可笑しくなって来た。
「ほんなら、これは?」
「うん。これは、ここがあーでこーで。。。」
思った通りに反応が返ってくる。

彼女の感想は、彼女の感性の幅の狭さをみせた。
考えてみれば、私は絵を職業にして30年たっている。彼女よりももっと広い世界を見てきた。彼女の感性を越えたもの、もっと自由な感覚をすでに身に付けていたのに。
わたしは自分の絵の基準を、必死で彼女の基準にあわせようとしていたのだ。

その時、私は彼女の絵の感性の塀を越えた。
高い高い塀だと思っていた。天にも届くほどの高い塀を私は越えねばならないとおもっていた。
56年経って、やっとそれがとても低いものだったと気がつく。ひょいって一足でまたげるほどの。わたしは這いつくばって、それを越えようとしていた。


この世に生まれて来て、一番最初に自分という存在を意識させられるのが、はじめての他者、母親という存在だ。

いわば、母は子供にとって「神」だ。絶対神だ。この世で生きるルールをその神から教わる。
人は最初に聞いたものを鵜呑みにする。「そーなんだー。あーそーなんだー」と。それを基準にこの世を生きはじめる。
この世に批判的な母のもとに育つと、同じようにこの世に批判的になる。被害者的な母の元に育つと、たいてい被害者的な気分になる。

私はいろんなことに批判的な母の元に育った。それは他者を批判するのと同時に、自分をも批判をする。美意識が高いと、美意識が高いがゆえに、自分を「まだ足らない」と批判し、お尻を叩くのだ。
母の声は、いつのまにか、私の声になり、自分を非難し、お尻を叩き続けていたのだ。
もっと!だめ!そんなんじゃ!と。

彼女もまた、自分の中にある美意識がゆえにわきあがる、自分自身への非難の声に、今もさらされている。


自分の中にわき上がる声を聴く。
たいてい同じ言葉だ。
同じカセットテープが、ただ再生され続けている。
それはいかにも自分にとってためになること、効果があることのように歌う。
だけどそれはテレビの宣伝広告の文句とたいして変わらない。何一つ本質をつかない。それに乗ると、ただ右往左往させられるだけのことだ。

わたしはずーっと、それに乗っかって来たのだなあ。

母親を越えるって、たいへんなことやな。
いわば自分があがめている絶対神を踏み越えることになる。

踏み越えたろ(笑)。


絵:「夏」/樹シリーズ/和紙、水彩、オイルパステル



2017年6月12日月曜日

母への思いと美しい風景


高知に帰って、母を仁淀川のそばにある宿泊施設に、なれない車の運転をして連れて行った。

ここは父方の墓がある所のすぐ近く。小さい頃、両親につれられて山の中腹にある墓参りによく来ていた。今でこそ「仁淀ブルー」と仁淀川の蒼い川が有名になったが、そのころはただの広い川。それでもその川の美しさは幼い私の心を引きつけていた。

フルコースのおいしいフレンチを食べ、母の車いすを押しながら、外に出る。街灯も何もない漆黒の闇にくっきりとうかびあがる稜線。
「うわあ~。きれいねえ、かーちゃん!」
いつも家で見ている、ちょろい高尾山の稜線とは比べものにならない雄大な景色にみとれていた。
「こわい。。。はよう中へ入ろう。。」


高知に帰ると、私は母を少し外に連れ出す。
その時は車いすを使う。帰るたびに歩けなくなって行く母を見る。
彼女は放っておくと、一切外に出ない人なのだ。内臓も骨も筋肉もどこも悪くない。彼女の外に出たくない、歩きたくない思いが、彼女の身体を萎縮させて行く。それが形になって現れていた。

自分が自分の思考や感情を見ることによって、いろんな気づきをえて楽になって来たこともあり、彼女にありとあらゆる方向から話しをする。
しかし、こう言う考えもあるよといえば、
「ほいたら、そうせんといかんがよね」という。
「いや、そうせんといかんがやのうて、そういう別の視点ももってみるってこと」というと、
「ほんなら、そうせんといかんがよね」という。

すべてが「ねばならない」「そうすべき」という、強制的にやらなければいけないのだという発想になってしまう。
きっと彼女は小さい時からそうやって、べきべきの中で、自分を無理矢理押し込めて、べきべきの中で生きて来たのだ。その、どこか「イヤイヤ」な気分でやって来たことの結果が、「なにもしたくない」という今の彼女につながっているのだろう。

いや。私だってそうだ。つい最近まで、その中にいたが、意識化することによって、そのべきべきは消えていきつつあるだけのはなしだ。


彼女の葛藤、私の子供としての彼女への思いの葛藤、ありとあらゆる思いが洪水のように押し寄せて来た。ふとんに入っても、一睡もできない。意識は隣で寝ている母に注がれる。寝息を立てる母。寝返りを打つ母。「暑い。。。」といって顔をしかめる母。トイレに立つ母。。。
介護をする人は、こういう風につねに意識が人に注がれているのだろうな。どれだけ心身を使うことか。

明日もなれない運転をする。早く寝ないと。。。という思いとは裏腹に、どんどん眼が冴える。
私は観念した。
全身で今の感情を味わいつくそうと思った。
そして一晩中起きていた。


早朝、ひとり仁淀川におりる。
丸くゴロゴロした石の上を歩く。川幅は広いが、河川敷も広い。やっとのことで水際に来た。湖面のように静かな水面が、山の風景を逆さまに写している。にじんだような緑の色が私の制作欲に火をつける。

所々に、水の輪がある。なんだろう?とみてみると、ふいに何かが飛び跳ねた。つづけさまに、あちこちから、何かが飛び跳ねる。よく見ると小魚が飛んでいた。あゆだ。緑色の湖面の舞台で、小さなあゆたちがダンスを披露してくれた。

夕べの思いがグッと持ち上がってくる。
深くて静かな哀しみをバックに、目の前にひろがる美しい世界。
私はドラマの一シーンの中にいた。

かなしさも美しさも、すべてひっくるめて、この世は美しいな。。。

そう、ひとごとのようにおもえた。


 絵:「田舎の家のたたみ方」/MF新書表紙イラスト

2017年6月7日水曜日

できる人じゃなくてもいいや。


できる人にならなきゃ。っておもってた。ずーっと。

なぜできる人になろうとしたか。
それはできることが正しく、できないことがまちがっているっていう世の中のルールがあるから。
それは物心ついた時から、気がついたら、「そうあるべき」の中にいた。
なぜかというと、

1:それができると、ほめられるから。
2:ほめられると、そこにいていいよ、という許可が出るから。

居場所を求める気持ちは、そこにいていいと、自分が決める場所じゃなくて、他人にそこにいていいよ、と言われることによって得られる、
「ああ~、ここにいていいんだ~」
と、安堵する場所のことだ。

人に自分が存在していいのだと許可をもらう。
するってえと、ちょっとややこしいことになる。

できる人はそこにいていい人で、
できない人はそこにいちゃいけない人ってことだ。
こりゃあ、たいへんだ!
そこで人は、必死になって「できる人」になろうとする。

できちゃった人はいいよ。
でもできない人は、ポイされる。(と、思い込む。)

ところが、できちゃった人も、じつはそのとき「いていいよ」といわれるが、(ほんとはそんなふうに言ってないのだが、そーゆーニュアンスにとる)
またたくまに、次のお題をいただき、また挑戦させられるはめになる。

とゆーことは、いつまでたっても、できる人もできない人も、つねに意識的にも無意識的にも、どっぷりと人の評価を気にして生きることになった。

できる人はできる人なりに、人の評価を気にし、
できない人はできないがゆえに(笑)、人の評価を気にする。

どっちもどっちだあ~(苦笑)。




聞いた話し。
ある知恵おくれの学級で、みんなのリーダーを決めることになった。

「誰がリーダーがいいか、みんなで推薦して下さい」というと、
「A君がいい~~~」と、みんな口をそろえていう。
A君は、いつもおしっことうんこを漏らして走る問題児。先生は困ってしまった。そこで先生はリーダーとはこれこれこういう風に、みんなを率先して引っ張って行く人なんだよと説明した。
そしてあらためて聞いた。
「リーダーが誰がいい?」
みんな「だったら、やっぱりAく~~ん!!」

私はこの話しが大好き。
確かにリーダーたるもの、人を導くお手本のような人物じゃないといけないように思える。しかし実際、我が町内会でも似たようなことがあった。
リーダー然としている前会長のとき、みんなの関係がいつもぎくしゃくしていた。その会長も退任され、今度は頼りない新会長に変わったとき、みんなはどうなるかと心配した。しかしそのみんなの心配とは裏腹に、町内会はまあるくなった。頼りない会長を中心に、互いにフォローしあうようになっていたんだ。

A君は、確かにおしっことうんこを漏らすが、いつもまわりに笑いがあった。たよりないA君は、逆にみんなを明るくしていた。みんなはそのことを知っていた。

かれらは、私たち大人が知らないあいだに作りあげて来た狭いルールとは関係なく、何か人間の本質だけををみているのかもしれない。


私ができないことを、できないままでいようと思えた時、心のどこかがふぁっと軽くなったんだ。それは自分のいいもわるいもそっくりそのまんま受けとめることでもある。
すると人の評価なんかどこかにいってしまう。

きっと人の評価なんて、お化けみたいなもんだ。

あるような気がして怖がっているけど、勇気を持ってふりかえってみると、ただの柳の木なのかもね。

絵:「女性の部下の活かし方」MF新書表紙イラスト

2017年6月1日木曜日

ハイ。バデイに入りました。



非二元に関する本を読み、
「なにこれ?意味不明」
と、思いつつもなぜか意味不明に惹かれて読み続ける。

そして非二元のうたい文句、
「わたしはいない」
が、幼かったころの私を、そろーーーっと、じょじょに、思いださせはじめる。

あれはちっちゃいころ、この世がもわもわして見え、自分ももわもわしてて、何だか取りつく島がないように感じていらいらしていた。

なんかちがう。。。
なんかちがう。。。
こうじゃないんだなー。。。
何かに悪戦苦闘していたある日。

そう、あれは突然にきた。

「ハイ。入りました。この身体に」
という感覚になったんだ。

すっぽりと身体に入った感があって、
「あーやっとこれに入れたー」と、安堵した。
ためしに腕を振ってみた。
すっと腕が振れる。
「うふ。腕、振れてるじゃん♥」
足、動かしてみた。
「オーーっ!足、動いてるじゃん♥」

それまでは、腕を動かしている感も、足を動かしている感もなく、ただ、もんわ~~とした、たとえてゆーなら残尿感(?)のようなものをただよわせていた。

おまけに、「つくしちゃん!ちゃんとしなさい!ちゃんと歩きなさい!」
と、親や幼稚園のせんせーにきびしく言われていたものだから、どうもちゃんと歩いてもいなかった様子で。
なもんだから、なんとかこの体に入ろう、入ろうとしていたのだな。

その努力(?)のかいあって、ある日突然にこの体に入った。



あれから50年。(きみまろ風)
おとーさん、おとーさん。
まさか、あたしは、あのもわもわした状態に戻ろう戻ろうとしていただなんて。
ああ、おとーさん。。。。よよよ。


非二元の本、クソ難しくって、何言ってんのか、サーッパリわからないけど、なんか惹かれる。
なんでやねん!「わたしはいない」って、なにいっとんねん!
とかおもいながら、眼を皿のよーにして読みふけること2年間。

ひょ、、、ひょっとして、あのこと?
身体に入る前のこと?
ぎゅっと凝縮して局在化した「バディなわたし」になる前のこと?
拡大した意識がただあるだけだったあのときのこと?

あれから50年。
縮小した「わたし」は、楽しいこともあったが苦悩もあった。
その苦悩から脱出しようと、今度はこのバディから出よう出ようとしている。

しかしいったん入っちゃったものは、そう簡単にはぬけられそーもない。。。
だって、50年も定着しちゃったんだもーん。
だもんだからマインドは、
「う、、う、、でられない、、、」
と、もがいているのであった。

ちゃんちゃん。

(こんなことなら、入らなきゃよかった。)



絵:「縮む世界でどう生き延びるか?」MF新書表紙イラスト


「働かないアリに意義がある」の著者さんです。